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暮らすように働く 2024年1月~

ネパリスタッフが、日々働きながら感じることを思うままに書いています。

3月11日で東日本大震災から13年。関連番組を見て、発災直後から支援活動に入り、見た状況をまざまざと思い出しました。被災された方達は毎年この時期はどれほど辛いでしょう。深い傷が癒えるには時間が十分とは思えません。地震列島の日本は、この13年間に大きな地震が頻繁に起きています。東日本大震災と能登半島地震含め長野、熊本、北海道など震度6強以上の地震が15回も起きています。その尊い犠牲と体験を無駄にせず、被災した方達をどうしたら素早く救出できるか、生活安定まで物心両面で支援できるか、政府も自治体も十分な対策をとって欲しいと思います。厳しい寒さが続く能登半島で水道復旧がまだだったり、仮設住宅も足りません。相変わらず、被災したのだから仕方がないと言わんばかりの、自助努力に委ねた扱いに腹が立ちます。その一方で裏金問題を追及されている国会議員たちの無責任な答弁。時間をやり過ごせばすむとたかをくくった傲慢な態度。被災地、被災者のことは二の次、三の次です。この人たちを選んだ有権者はどれほど悔しい思いをしているか( していなかったら最悪ですが)・・・。次の選挙で落選させ、国民がちゃんと見ていることを証明しましょう。地方選も国政選挙も選挙は本当に大事です。被災して初めて分かるのでは遅いのです。(春代)

ネパールの養護施設MSCCの前理事長、故ラムチャンドラさんが一番気にされていたのが、身寄りのいないアシャさん、シムランさん2人の前途でした。MSCCには、基本的に高校卒業(16歳前後)するまで、例外としてその上の学校卒業までという規則がありました。身寄りがない、ということは、経済的自立手段を確保しなければなりません。結果として、故岩村昇医師が派遣されたタンセン病院に併設された看護師の養成学校に入学する機会を得て、昨年12月に卒業。3月初めには、全国統一の最終学年の成績も発表され、2人とも80%を越える優秀な成績でした。残るは、看護師資格の国家試験。今年の1月から3月まで、予備校に通ってもらっています。問題は、3月初めまでに、国家試験の出願をしないとなりません。その出願には、身分証明書(ネパールの一市民である証明)が必要です。なかなか許可がでずにいますが、先週末、市民権審査の最終段階に入り、ほぼ大丈夫だろう、との一報が入りました。まだ油断できませんが、皆で協力しています。(完二)

先月もこちらに書いた「沖縄狂想曲」を観てきました。映画にも出ている辺野古のリリーさん(ちゅらそば・旧Heaven Heaven)から「情報がたくさんだからペンと紙を持って行った方がいい」とのご助言をいただき、期待大。さすがに暗闇の中でメモはしませんでしたが、沖縄の歴史や現状を通して、日本とアメリカの関係、日本の主権のなさ、戦争当時も今もなお「国」が誰の利益をみて動いているのか、沖縄のことだけではなく、沖縄を通して日本の実情を伝えていて、ヤマトの人こそが観るべき映画でした。太田隆文監督が激務のため脳梗塞で倒れ、リハビリをしながら仕上げた映画です。現状を暴き、国に都合の悪い映画は、マスコミも取材の来ない、と今も体調のすぐれない中、広報に奔走され、終了後の舞台挨拶にも力が入っていました。上映館が近くにない人も観れるように配信もされるといいのですが。(早苗)

春はゆらぎの季節ですね。花粉症でお肌も荒れ気味。さらに庭仕事で虫にやられてしまい首が真っ赤に。トホホな感じでしたが、リキッドソープのモッチリ泡でやさしく洗って、ツバキオイル、ローション、クリームの順にたっぷり塗っていたら、お肌が落ち着いて良い感じに♪特に鼻の回りとか、唇の上のあたりとか、摩擦や乾燥で辛くなりますよね。そんな時はクリームがおすすめ。程よく馴染んでテカテカ&ベトベトしないので日中もOK。また首に触れる洋服もいつも以上に気を使い、Vネックで綿100%のネパリ服をあれこれ出してみました。Vネックは好きなのですが、ちょっと深すぎたり広すぎたりで着こなせなかった服が何着も。そうだ!と思ってサヌ・バイさんのうさぎのブローチや春の新作チクチクブローチをつけて空き具合を調整したら、お~何かいい感じ♪商品に助けられています。作り手の方々に感謝して、自分自身を整えることも大事にして、この春過ごしたいと思います。(百合香)

以前ラジオで、昨年にフランスで行われた国際産婦人科連合(FIGO)の学会に取材で訪れた方々の報告を聞いて感動しました。避妊や中絶、出産をいかに無償化できるか、そして一人一人の意思や選択の権利がどれだけ国から保障されているかの日本との差が歴然としていました。例えば、フランスでは薬局で緊急避妊薬を処方箋なしで購入することができ、25際以下は無料。国籍、性別、年齢問わず直ぐに手に入れることが出来るとのこと。現地取材に行った日本人男性も、実際にすぐに購入することが出来ていました。「悪用する人がいるのでは?」との質問に対して、「そのリスクよりも、目の前で困っている人を早く助けることが大切よ!」と現地ジャーナリストが答えていました。それに比べて日本は…、国民が声を上げて望む政策に対しても、「悪用する人が出てくる」「伝統的な家族観が崩壊する」など、(非現実的な)リスクばかりを並べて前に進まないことが多い気がします。まずは人を守る。人権第一な政治が私たちの国でも行われることを願って、日々学びながら選挙に備えたいです。(萌)

2月

能登半島地震の被災地でトイレトレーラーが喜ばれています。移動設置型の水洗トイレで1台のトレーラーに3、4つの個室があり、太陽光発電で停電している場所でも使え、水が出るので手も洗えます。1台のトレーラーで約1500回利用できるそうです。現在全国の20の自治体が所有し、災害時ネットワークを組み、被災地に集合させます。避難所に届いたトイレトレーラーを被災者の方が「ありがたいなんてもんじゃない」と言われていました。発災からずっと上下水道が使えないため、飲料水に不自由し、お風呂に入れず、トイレも極力我慢されています。避難所のトイレが詰まり、汚物を手で掻き出している様子もニュースで見ました。トイレトレーラーを所有している自治体はまだ少なく、災害列島日本では普及を急ぐ必要があります。所有自治体は購入費用をクラウドファンディングやふるさと納税で集め、導入を検討している自治体もそれにならうようです。その方法が悪いわけではありませんが、本来の税金で賄えないのでしょうか。軍事費を削れば、例えば、最近も墜落したオスプレイ1機分128億として4機でお釣りが出て、各装置や訓練費などを含めると1機当たり211億とも言われるので、その場合は2機にちょっと足せば、全国1741の市区町村に1台ずつ行き渡ります。税金の使い方、間違っています。(春代)

ネパールから元旦に帰国して早1ヶ月、あっという間の1ヶ月でした。昨年、長野県にある風越学園の中学1年生から3年生合同授業で、ハンセン病回復者で作家の伊波敏男さんが講演されました。お話を聞いていると、生徒さんの前に自分が声を出して泣きそうで、堪えるのが大変でした。差別とは、人権とは、ひとりの壮絶な人生のお話は、それこそ、感動と悔しさと涙でした。幾つかの山場があるのですが、小説家、川端康成さんとの出会いでは、ハンセン病が伝染すると多くの人が信じ、恐れられていた頃に、私服姿で療養所を訪問、激励した姿には、感動と畏敬しかありません。3月に、横浜でも予定しています。伊波さんは、これが最後かもしれないとの想いで話をして下さるようです。是非、皆さんも、特に若い人々、小中高生には来て欲しいと願っています。(完二)

時々映画を観に行きます。映画館の1800円は高くてためらいますが、一定年齢を超えて1200円で観られるようになると、気軽になった気がします。先日は「ヤジと民主主義」を観て、声をあげないと民主主義はなんて危ういものなのかと考えさせられました。この手のちょっと社会派の映画は休日でも年配者がちらほらしかいない感じでしたが、最近客が増えたような印象があります。「福田村事件」もかなり席が埋まっていましたし。いいことです。2月下旬には「沖縄狂想曲」が横浜でも上映されます。Heaven Heaven(ちゅらそば)のリリーさんも出られていますし、東京での上映初日の監督舞台挨拶をYouTubeで観て、早く観たいなぁと思っています。それにしても上映する映画館が少ない!!もっとあちこちで観られるようになってほしいものです。(早苗)

最近よく「実体がある物を運ぶ仕事」にもっと敬意を持たないとなと、ぐるぐる考えています。SNSは便利で早く、多くの人に届けられる便利なツールではありますが、プラットフォームを運営する世界のごく一部の大企業の手のひらの上で、私たちは発信したり、議論したりしています。利権のある大企業にとって都合の悪い情報はアカウント停止になります。ひどい事だと思いますが、企業が運営しているのでそうなりますよね。だからこそ、実際にカタログを作って印刷して、お手元に届けて、私たちなりの情報や声をお届けする、そのつながるルートは絶対に手放さず、大事にしたいと思っているのですが、最近は運送会社も過酷です。近隣の営業所はこの春何カ所も閉鎖し統合されました。働く方も大変そうですし、多くの方が職を失っています。日々の仕事も有難いですが、被災時等に家や道を把握している人が地域にいるのは財産だとも思うのです。物が実体のある物として手元に届くことの価値を見直していかなければ、どうなるでしょう…カタログや商品を、皆さまのお手元にお届けできるということが、どれほど素晴らしいことなのか…手遅れにならないうちに…春カタログ、楽しみにお待ちください!(百合香)

オーストリア出身の哲学者、ウィトゲンシュタインが残した「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」という言葉にとても感動しました。学生の頃にあまり本を読んでこなかった自分を反省して、出来るだけ本を読むようにしているのですが、その中でこれまで知らなかった言葉に数多く出会います。その度に、その言葉の持つ意味を調べ、その言葉がどの様な歴史の中で生まれ、どのような社会構造の中で使われるのかを学ぶことが出来ます。例えば「家父長制」という言葉も、これまで言葉の意味を深く知ろうとしていませんでしたが、日本の戦争責任やジェンダー問題、臨床心理学など、様々な分野の本やメディアの中でよく目にし、「家父長制」という社会システムが様々な歴史・社会問題を作り上げてきたことを知りました。言葉を知っているか否かで知れる社会の密度も変わってくること、様々な立場に置かれた人たちの存在を知れることにもつながるのだと思います。伊江島の「反戦平和資料館ヌチドゥタカラの家」の館長、謝花悦子さんが言われる「学びに余りはない。不足が出るだけだ」という言葉を思い出します。(萌)

1月

横浜市にある大川原化工機という化学機械メーカーが軍事転用のおそれのある機械を中国に不正輸出していたとされ、社長と役員が3人逮捕されたという報道が2020年にありました。横浜、中国、生物化学兵器という言葉が並び気になっていましたが、公判直前に起訴が取り消されたという報道に、疑いが晴れてよかったと、そのまま忘れていました。2023年9月と12月にNHKは「“冤罪”の深層」「続報・“冤罪”の深層」という番組でその事件を詳しく調査、報道しました。その報道によれば、ある警視庁公安部の人間が描いたシナリオ、中国への不正輸出摘発で大きな成果をあげたいと、その機械は生物化学兵器にはなり得ないという業界の常識を無視し、何が何でも立件しようとした“冤罪”だったというものです。それが真実であれば市民や社会を守る警察と検察が権力を悪用し、中国脅威論を煽り、技術を磨き真面目に仕事をしている会社をとんでもない会社にでっちあげ、社会に無用な敵意や警戒心を起こさせるものです。大川原社長達は逮捕され1年間拘留され、3人のうちおひとりは拘留中に発見されたガンの治療をきちんと受けられず命を縮めたことからも、冤罪により精神的な苦痛を受けたと国と東京都を訴え、12月27日の判決は原告の主張を認め国と都に賠償を命じるものでした。無実の罪で拘留中に亡くなった方に対して謝罪はと問われた検察官は「その時は正しいと思って起訴したのだから謝罪はしない」と、過ちを認めませんでした。“捏造”だったという内部告発が関わった警察官からあったことが救いですが、繰り返されると案ずるのは杞憂であって欲しいと思います。(春代)

ネパールに昨年12月23日から元旦まで行って参りました。短い滞在にぎゅっと詰め込んだ旅程、遂に消化不良で回れない場所が出て猛反省しています。急な変更もあり、皆さまからご支援頂いた身寄りがないアシャさん、シムランさんの学校再訪問は果たせませんでしたが、コーヒーのグルミ協同組合に向かう途中、学校のあるタンセンを通るので、タンセン病院前で休憩しました。ネパール到着翌日は、ジャジャルコット大地震の様子をジャーナリストからお聞きしたり、ハンセン病回復者のみなさんが住む集落にお伺いしたり、クリスマスイブにMSCCのアシャさん、シムランさんを含めた子どもたちと会食したり、ネパールの商品を私達に送ってくれている皆さんとお会いしたりしました。翌日は、国内線で、東ネパール、インド国境付近へ。少数民族の皆さんが待つ場所に伺い、その後、家庭訪問や近隣の養護施設へ。特に、中州に住むご家庭は、多々あるものの、改めてその生活の大変さを感じました。是非、2023年活動報告書で報告していますので、お読み下さい!(完二)

12月末に沖縄に伺いました。今回はショップベルダ担当スタッフの上原さんと一緒で、様々な体験を共有できました。伊江島・ヌチドゥタカラの家の謝花さんとご一緒する時間が少ししかなかったのが心残りですが、佐喜眞美術館、南部の資料館や戦跡をじっくり巡り、辺野古では抗議船に乗せていただき、お世話になっている方々ともいつもよりゆっくりお話をすることができ、貴重な時間を過ごさせていただきました。カナサの篠原さんから教えていただいた目取真俊さんの本を帰りの飛行機で一気に読みました。辺見庸さんとの対談「沖縄と国家」は、根腐れしていく日本社会、沖縄を語ることは沖縄問題を作ったヤマトゥを語ること、沖縄に住む人だけが当事者ではなく日米安保に乗っかって生活している人すべてが基地問題に責任を負う当事者…とグサグサきました。続けて小説も読んでいます。(早苗)

1月1日にネパールから帰国しました。2022年末の訪問時は、コロナ禍を乗り越え3年ぶりの再会をただただ喜び合っていましたが、1年たった今回は生産者の方々に元気がない感じがしました。ワーカーが減っている工房もありましたが、「あのワーカーさんはどうしたの?今働いている人は何人?」何て口が裂けてもこちらからは聞けません。理由は簡単、注文が足りないから。コロナ禍の打撃は弱いところへ大きくなって襲い掛かっています。さらに大きな戦争が2つも起こっているという異常事態の世界情勢。お金は底なしに軍需産業へ。「たくさん注文をくださいね!」と笑顔で言われると「ネパールも大変なのは分かるけれど、日本も経済状況が深刻で、円安だし、政治もひどいし…」何てつらつら言い訳をしても、「でもネパールの方がもっと大変でしょ」と。うーーん…返す言葉がありません。力不足に悔しい日々でしたが、それでも、サンプル制作が始まると目をキラキラさせて一生懸命作って下さる姿や、逆境の中でも感謝の気持ちを忘れずに挑戦する若者たちの生き方に心動かされ、希望を感じました。内戦や政情不安を生き抜いてきた彼らの逞しさは並大抵のものではありません。きっと未来は拓ける!諦めず一緒に頑張ろうと思います。今年も皆さまのご支援をどうぞよろしくお願いいたします!!(百合香)

年末、ネパリのスタッフとして初めてネパールを訪問しました。感じたこと、皆さんにお伝えしたいこと、ぐるぐると頭の中で整理できていないこと…たくさんあります。その中でも、ネパールの出稼ぎの現状にとてもショックを受けました。家族の暮らしを支えるため、200万人もの人が海外に出稼ぎに行っており、労働環境の悪さゆえに、年間1000人もの方が亡くなられていること、腎臓病を患い帰国されても働くことのできない身体になってしまう方が多いこと、訪問前にテレビ番組で知りました。ネパールの現状を突きつけられた感覚で、少し放心状態になってしまいました。そしてネパール訪問中、生産者や奨学生の方々のお話を聞いていると、出稼ぎに行かれた方々が私たちの身近にもいらっしゃることを知り、厳しい現状を再び痛感しました。ネパール国内で十分な仕事があれば、自らの将来を想像することができる仕事があれば…。ショックを受けると共に、私たちの役割である、「仕事をつくる仕事」の重要性を感じました。現実を知ること、見て聴くことは苦しい作業ではありますが、その分やるべきことがハッキリとしてきます。生産者の方々にとっても、お客様にとっても、ネパリにとっても、心強い存在になっていけるよう、今年も頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします!(萌)