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鮓井商店さんのお箸 tsuna36 2025sm

奥能登から その後

~輪島塗を次世代へ

鮓井商店さんのお箸

文・土屋春代

2024年元旦、奥能登は大きな地震に襲われました。そこに重ねて9月21日から23日の記録的豪雨です。奥能登地域では土砂流出約1900箇所。崖が崩れ、河川は氾濫し、地震の被災者がやっと入居した仮設住宅にも泥水が押し寄せました。大量の土砂は住宅だけでなく、田畑にも流れ込み作物を枯らしてしまいました。亡くなった方16名、住宅の全半壊395棟、床上床下浸水1157棟。なぜこうも次から次へとこの地域の人々を苦しめるのか、残酷さに胸が締めつけられる思いでした。

10月に現地でお話を伺うと「地震からようやく立ち直ろうとしたのに…」、「地震より豪雨被害の方がひどかった。心が折れた」「地震のあとただ走ってきた。今、片付ける気力がわかない。涙も出ない。地震のときは涙が出たが」と、皆さんが口々に言われ、慰める言葉が見つかりませんでした。この深い傷にどうしたら寄り添えるのか…。無力感が増すばかりでした。

約100年続く輪島塗箸・鮓井商店
あおさをご提供くださっている道下睦美さんに「家も工場も仮設工房も地震と水害の二重被災で大変な中、前向きに頑張っている箸職人家族がいます。会ってください」と紹介された鮓井さんご家族にお会いするため、12月に輪島に行きました。出迎えてくださったのは鮓井伸和さん(42歳)。伸和さんは輪島を離れていましたが、高齢の両親を思い、4年前に輪島塗箸の伝統を継ごうと妻と息子3人を連れて輪島に帰ってきました。父である3代目鮓井辰也さん(72歳)に指導を受けながら日々励んでいました。地震当時のこと、豪雨によりさらに打ちのめされたことを被災現場に案内しながら教えてくださいました。

鮓井商店は輪島市の中心地、観光客で賑わう輪島朝市通りの入口にありました。地震に伴う大規模火災で建物のほとんどが燃え尽きた朝市一帯で、鮓井さんの二階建店舗は延焼は免れたもののぺしゃんこに潰れ、目を疑い立ち尽くしたそうです。店舗から数キロ離れた所にあった自宅と工場もほぼ全壊。辛うじて物が置けるスペースがあり、そこに素材や製造道具を集めました。辰也さんは「いつまでも悲しんでばっかりおられん。早く次の一歩を踏み出したい」と、8月に確保できた仮設工房で少しずつ仕事を再開した9月、豪雨で裏山が崩れ、押し寄せた土砂で埋まってしまいました。新しく購入した仕事道具や漆や金、そして製品も全て失いました。〝振り出しに戻った〟、しかし振り絞った気力はそう簡単に戻るものではありません。時々、ため息をつきながら指さして説明する伸和さん。悔しいだろうなぁ、腹が立つだろうなぁとお気持ちを想像すると息が詰まりそうになりました。

家族8人(11月に伸和さんに長女誕生!)で暮らす避難先のお宅でお話を伺っていると「出張輪島朝市」で各地を回って販売されている辰也さん夫妻が販売を終えて戻られました。県内だけでなく、仙台や東京、静岡などあちこちでの販売は疲労が溜まり大変だと思います。しかし、家族の生活を支えるために行かなくてはなりません。
辰也さんに復興の目標はと伺うと、「鮓井商店を復活させて朝市にまたお店を出せたら、それは1番いい。今はその目標はあまりにも大きく手が届かない気がする。自分が生きている内は無理だなぁ」と寂しそうに言われました。

素敵な箸をオーダーしました!
2025年2月初旬、雪の降る輪島に鮓井さんの2箇所目の仮設工房を訪ねました。発注の細かい打合せのためです。今は便利になり会わなくても仕事ができますが、やはり直接会って相談する方が色やサイズを決めるにもあれこれ意見を出し合い楽しく、双方納得でき間違いがありません。会う毎に信頼関係も増します。

そして、元旦という日に突然の大地震に見舞われ生活が一変した方達が、混乱と絶望の中で身の振り方を考えていらした頃の寒さを味わうことにもなりました。こんなに寒くて暗い時期だったのだ、体育館の床はどれほど冷たかっただろう、数少ないトイレはすぐに詰まる、でも外で用を足すには寒すぎる。トイレに行く回数を減らすため、飲み水を我慢したり、食事も減らす。断水、停電も半端なく長かった。支援も少なく遅かった。待つ時間はとてつもなく長く感じられただろう。災害関連死が災害死を上回る能登の震災の厳しさを思いました。災害は場所も季節も選ばない。事前に想像力を駆使してできる対処を考え尽くしておくことがどれほど重要か。災害大国なのだから。

乾漆塗(かんしつぬり)
今回、注文したのは乾漆という加飾を施された箸です。乾漆は費用と時間がかかるため現代ではあまり使われなくなったそうです。漆をガラス板などに塗り乾いたら剥がし粉状にした「乾漆粉」とよばれる粉を漆塗の平面上に蒔き、ちりめん状の模様に仕上げていく技法です。表面の仕上げがザラザラしているので、食べ物を挟む時、すべらずつまめます。辰也さんは、ザラザラだから乾漆ではなく、ツルツルにもできますからと言われますが、ザラザラとした質感が気に入りました。食事がより美味しくなるようにと細く軽く作られた「本乾漆箸」をしばらく使ってみると、見た目も上品で美しく使い勝手が良かったのでお願いすることにしました。丁寧に作られた箸は日常に使ってこそ価値があります。味覚も研ぎ澄まされさらに食事が楽しくなり豊かな気持ちになるでしょう。辰也さんが「お正月にはその年に使う箸を新しくする習慣がありました」と教えてくださいました。新しいお箸を使うことで、その年の無病息災を祈願する意味合いがあるそうです。風水では新しい箸を使うと運気が上がると言われます。ぜひ、お試しください!

本乾漆箸(細)のご注文はこちらから。

漆には抗菌作用があるため、毎日使うお箸にこそ漆器がおすすめ。日常使いの箸として長く使うことで手にも馴染み、良さを実感して頂けることと思います。スラっとした細身の箸を使うと、心なしか所作も丁寧になり、いつもよりも一口一口じっくり味わえるような気がします。先が細いのでつまみやすいのも特長です。

細身のお箸です。すらっとした美しさ。

乾漆タイプはすべりにくいので使いやすく、伝統的な美しさの中にもモダンな雰囲気があります。

このようなラッピングでお届けいたします。贈り物にもおすすめです。

朱。軽くて、小さなものもつまみやすいのが特長です。


左)どんな状況でも甘えることなく、より良い物を作っていかねばという必死さが、鮓井辰也さんから伝わってきました。
右)伝統を守り、子どもたちに希望ある輪島を残したいといわれる鮓井伸和さん。

地震で著しく損壊した自宅に、豪雨による土砂が流れ込みました。