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人と共に生きる服 verda12

心を織る 自然をまとう

ネパールの織りと紡ぎ ~染織作家による技術指導を終えて~

対談

大塚瑠美 染織作家 (福岡在住)
短大で染織を教える傍ら、工房にて創作活動を続ける。1994、97年にネパールを訪問。99年カタログのアロー特集を見てネパリ・バザーロを訪ね、活動に共感し、専門の織りの分野で惜しみない協力を続ける。

土屋春代 ネパリ・バザーロ代表
中学時代に知ったネパールの子どもたちの厳しい状況と、その20数年後に聞いた状況が殆ど変わっていないことに強い衝撃を受け、教育支援活動を始めた。しかし横たわる深刻な貧困問題に直面し、仕事の機会創出のため1992年ネパリ・バザーロを設立した。

2004年3月、ネパールに同行して頂いた染織作家、大塚瑠美さんに帰国後お話を伺いました。大塚さんには、WEANコープ(※)での紙布のワークショップとコットンクラフトへの織りの指導、マハグティの織りの今後の方向性検討のために行っていただきました。

土屋春代(以下土屋) ネパールに同行して頂きありがとうございました。糸を紡いでいるジャナカプールの女性たちのところまで行って頂きました。強行軍でしたからお疲れになったことと思います。感想をお聞かせください。
大塚瑠美(以下大塚) ネパールには2回行ったことがありますが、自分の専門である織りのミッションで行ったのは今回が初めてです。皆熱心でよく働いているというのが印象です。
紙布のワークショップが一番緊張しました。手漉き紙で糸を紡ぎ、布を織り、製品化したいという春代さんの相談を受け、紙布プロジェクトに参加したのは2002年の春でした。それからネパールの紙を頂きサンプルを作りましたが、あまりの手間に、これを他の人にやりなさいとは言えないと思いました。どうしたらもう少し簡単にできるかと悩んでいたのに、ワークショップに参加した女性たちが「簡単!きれいにできるわ」とうれしそうにしているのを見て驚きました。
土屋 プロジェクトの相談を真っ先に当時WEANコープ事務局長だったウシャさんにしました。ウシャさんはネパールの国にとっても女性たちにとってもこんな良い話はないと賛同してくださり、その後、メンバーの人とサンプル作りを重ねてくださっていました。いろいろな方法を試みても太いざっくりとした糸しかできなかったので、大塚さんの紡ぐ細いしなやかな糸にびっくりして感動したのです。
大塚 自分たちでも試行錯誤していたから、教えたやり方のよしあしが素早く理解できたのですね。そしてこれならできると喜んでくれたのがうれしかったですね。
土屋 紙布で主に服を作ろうと思っていたので、糸を細くする必要がありました。最初から一番難しい薄い紙を細く切って紡ぐことにあえて挑戦しました。それができれば太い糸はいつでもできます。楽だと感じて抵抗がなくなるでしょう。
大塚 ネパールの女性たちの置かれている状況がよく分かりますね。私たちはこんな面倒なこと、よほど好きでなければやりません。でも彼女たちは苦労と思わないのですね。仕事ができることがうれしいという彼女たちの真意を知って、このプロジェクトは絶対成功させなくてはならないと思いました。
春代さんたちがワークショップのために建築用の重いブロックをわざわざ日本から手で運ぶのを知って、私も持っていこうか迷っていた写真用の大きなカッターを持っていくことにしました。意気込みがすごいなと感心しましたが、それだけに失敗したらどうしようと緊張して、ワークショップ前夜はよく眠れませんでしたね。終わってホッとして「もう怖いものはないぞ」と思いました。
土屋 表情が和らぎましたものね。
糸を紡ぐ女性たちの村、ジャナカプールの印象はいかがでしたか?
大塚 少しでも時間があれば携帯チャルカで糸を紡いでいる様子に感動しました。収入を得ることで人間としての支え、尊厳を保って生きていけるのは素晴らしいことです。仕事をして現金を得るのはとても大きなことだと感じました。糸紡ぎは彼女たちの存在意義そのもので、胸を張って生きる支えですね。でも、糸は布となり製品となって、売れなければ仕方がありません。自分さえ儲かればよいという世の中で、生産者の立場でものを考え、製品企画や技術指導などの支援をして販路を作る、ネパリ・バザーロの仕事は貴重ですね。
土屋 織りの作家さんの中には、ご自分で苦労して得た技術を他の人たちに気安く教えるのを嫌がる方もいらっしゃると思います。企業秘密と同じですものね。大塚さんはご自分が知っていること、できることはネパールの人たちに全て教えると言ってくださいますね。面倒な紙布の試し織り、どれほど手間と時間がかかったことでしょう。それを厭わずここまでしてくださるのはなぜでしょう?
大塚 織りは先人の知恵を借りてやっています。それを次の人に伝えることが大事です。人類の財産ですから、ひとりの人に留めず伝えていく義務があると思います。仕事のない人がそれで仕事を得て生活できるならこんなにうれしいことはありません。
原始から織りは祈りに通じていました。祈りを込めておぶいひもを織ったりしたんですよ。素朴な布に祈りが込めてあることを理解すれば織りはまた見直されるでしょう。
土屋 「人類の財産」「織りは祈り」とても納得できます。受け継がれてきたその財産を、糸を紡ぐ人、織る人、縫う人、着る人、皆で大切に守りながら次代に伝えていきたいですね。今日はどうもありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。

(※)WEANコープ・・ネパール人女性起業家9名が、他の女性たちの事業設立や成長を助けるために始めた女性起業家協会WEANの姉妹組織で、女性生産者の共同組合。

≪スミットラさんの手織り研修≫
マハグティのカトマンズ事務所でデザインを担当するスミットラ・バイジュさんを2004年9月末から約1ヶ月間日本での研修に招きました。マハグティはジャナカプールでの糸紡ぎと手織り、カトマンズでの手織り、木版プリント、縫製を直接するとともに、小さな生産者のマーケティングも請け負っています。研修の影響は大きく、マハグティがより一層の品質向上に努めれば多くの人たちの生活が向上します。スミットラさんももちろんその認識を持ち、期待と緊張で来日しました。
研修の大きな目的のひとつが織りの技術向上に向け、組織図を読むことでした。マハグティでは平織りの布しか織っていません。変化をつけるには縞にするか糸を絞り染めしてから簡単な絣を織るぐらいです。平織りだけでは布の風合いに限界があり、たて糸が複雑に交差する変化織りを覚えて欲しいと以前から思っていました。ネパールに同行して頂いた大塚さんにマハグティの織りの工房を見ていただき、今後の展開を相談していました。その上でスミットラさんの研修の中に新しい織りに挑戦するためのプログラムを用意しました。たて糸を通した「そうこう」と足で踏むペダルの操作を図にした、織りの組織図を読み、その通りの布を織れるようにというものです。組織図が理解できるようになれば図と試し織りした布から期待した布ができます。専門家を派遣しての5回の指導で縫製技術が向上したので、次の目標は布の表情をより豊かにすることでした。
織るところは何度も見ているとはいえ、織った経験のないスミットラさんに初歩から教えるのは大変なことです。それもわずか3日間しか予定が組めませんでした。福岡の大塚さんの工房に、朝から夜までこもりっきりで食事の時間さえほとんど取れない3日間になりました。
スミットラさんはマハグティで働くようになってからデザインの勉強をしましたが、専門はエンジニア。理屈が分かると理解が早く、わずかな日数で組織図を読めるまでになりました。専門家として膨大な知識と経験をもつ大塚さんの、相手の理解に合わせた説明は初心者にもとても分かりやすく、わずかの日数でスミットラさんはたくさんのことを学び可能性を広げました。彼女は私たちに約束してくれました。「この知識と経験を今後の仕事に必ず活かします」と。

(verda 2005年春夏 vol.12より)

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