ネパールコーヒー物語その5 tsuna33 2024a
地域開発 人が人らしく生きるために
貧困との闘い、次世代に受け継がれた挑戦
文・ネパリ・バザーロ副会長 丑久保完二
収入向上への取り組み
シリンゲ協同組合との関わりは、元々生活が厳しい農民の暮らし向上を目指して始まったことは、前回述べて来た通りです。そして、グループから協同組合への組織化、有機JAS認証取得への道のりでした。農村部でも、更に厳しい生活をしているグループの人々との協働は、近隣の村々から妬まれ、妨害もされました。高度な教育を受けた専門家もいない上、インターネットも使える状況になく、そもそも、その当時は、電気もほとんど来ていない、主道路がないシリンゲ村は、周辺の村々からしても、認証取得の条件が全くそろっていない村でした。その村で、コーヒーの国際有機認証を取得したことは、周囲からも驚きをもって注目されました。さらに数年後には、スパイスの認証も取得しました。
2010年9月に有機JAS認証を取得して、成果を実感したのも束の間、2015年4月25日には、ネパール大地震が起こり、シリンゲ村では95%の家々が全半壊となり大きな被害を受けました。村の復興をどう果たすかなど協同組合のメンバーと何度も話し合いながら支援を進めてきました。先が見えない不安な時期でしたが、その間もコーヒーやスパイスから現金収入を得ることができたのは、大きな支えとなりました。
女性たちのおかれている社会的状況
大地震から3~4年がたち、ようやく村人たちの家々が再建され始め、復興に向かうと期待していたところ、2020年には世界的に新型コロナウィルスが猛威を振るい、私たちは現地に行くことができなくなりました。再三再四、国際便の運行停止・再開延期が続き、その間、ネパール訪問によく使っていたタイ国際航空の破産宣告があり、ネパールからほとんど輸入ができなくなり、生産者の方々も私たちも大打撃を受けました。さらにネパールでは厳しいロックダウンがあり家から出られず、稼ぐことができなくなると、生活もより厳しくなり、普段外からは見えない女性の厳しい立場が見えてきました。
シリンゲ協同組合メンバーのお姉さんで、都市部に嫁いだランジャナさんが、その嫁ぎ先で殺されるというあまりにも悲惨な事件が起きました。外に出られず稼ぎがない状況下で、酒に酔った夫が、妻に向かって飲むお金を要求します。厳しい家計を担う妻は、その要求には応じられません。普段から、女性、妻の人権が軽くみられるネパール社会では、兄弟、親戚ぐるみで暴力、いじめが起こりがちです。珍しくない事例です。お金を出し渋る妻を、泥酔した夫と親戚がかっとなってナタで斬り殺しました。私も、シリンゲ協同組合を組織化した頃に何度も村を訪れ、ランジャナさんに道案内をして頂いた思い出があります。とても元気な女性で、村々を周り、女性の福祉向上のNGO活動をされていました。その家族には、息子さんが1人いました。当時、10歳、目の前で殺されたのです。お父さんは、刑務所。その場合、お母さんの兄弟(姉妹ではない)がいれば、世話役になります。しかし、遠隔のシリンゲで、十分な教育支援ができないからと、都市部の養護施設に預けられて生活をしています。
他にも、嫁ぎ先で夫が他の女性と恋仲になり家を出ていった話もありました。しかし、そのお姉さんは、自分の実家に帰ることができず、嫁ぎ先に居続けました。その家族、親戚からは石を投げられ、腰を痛めたり、ある時にはナタで殺されかけたりしました。当時5才の長女が周りに助けを求め、九死に一生を得たといいます。その後遺症で、今も背中が痛むとのことです。収入を得て女性の立場が少しでも良くなることを願い、今後も活動していきます。
引き継がれる挑戦、新しい時代へ
有機JAS認証を取得してから14年が経ちました。当時、代表をしていたバドリさんは、2023年、旅立ちました。お連れ合いのカルカさんも、その半年後、自分の役割は終えたとばかり、生きる意欲を失い、この世を去りました。シリンゲ村に初めてコーヒーの苗が植えられたのは、1982年で、収穫が始まったのは、1985年のことです。当時、ドイツの農業専門家がシリンゲ村を訪れ、収入向上にとコーヒー栽培を勧めたそうです。ある時、その専門家は、足を痛めてしまったのです。近隣の車が通れる道までは、当時は、山、峠を3つ超え、8時間かかる道のりでした。亡くなったバドリさんは、そのドイツ人を背負って、山道を歩いたのが自慢でした。私より1歳若いバドリさんは人生の幕を閉じましたが、若者が今、シリンゲ協同組合の運営を担い、新しい時代を切り拓こうと挑戦しています。前号(vol.32)のシナモンホールの特集でご紹介したラジクマール君はその筆頭です。
シリンゲ村でバドリさんが始めた新たな挑戦が、その後、コーヒーのみならず、スパイスの更なる挑戦、若者の活躍の時代を迎えると、誰が想像したことでしょうか。皆さんが飲むコーヒーが、シリンゲ村の若者の新たな挑戦を支えています。(続く)
ヒマラヤンタイムスに有機認証取得の記事が掲載されました。(2011年1月23日付)
左からバドリさん、丑久保。道なき道を共に歩んできました。写真は2010年。
シリンゲ協同組合で女性たちがより一層活躍できるよう話し合っています。
次世代を担う若者たちと。
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