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スパイスのおいしさの秘密 verda34

地域開発 人が人らしく生きるために

スパイスに賭ける

 

(紅茶農園から徒歩3時間、ナンギンでスパイスを生産するビルバハドゥールさん宅)

文・ネパリ・バザーロ副会長 丑久保完二

スパイス栽培地の人々の生活向上に向けて、調査と話し合いのため、前回訪問から約1ケ月後の2010年11月17日、再び東ネパールのエベレスト山麓、フィディムの村を訪れました。例年の乾季の晴れ渡った空とは違って曇り空。しかも、前日まで降り続いた雨で、舗装されていない道路は深くえぐられた轍ができて、大きな車輪のジープかトラックでなければ通れない状態でした。ネパールでは、10月から11月にかけてダサイン、ティハールという大きなお祭りが続き、多くの人が帰省する時期で、乾季で天気も良いのが普通でした。しかし、ここ数年は雨季の開始が遅くなり、その分、終わっているはずの時期にいつまでも雨が降り続き、地滑りも多発しています。

気候変動の影響はそこかしこに現れています。この地域の名産、世界一の輸出量を誇るカルダモンは収穫が激減したため価格が高騰し、例年の8倍の値をつけていました。フィディムは、美味しいオレンジが採れる地域でもありますが、従来の土地では収穫が減り、より適した場所を早急に探さねばならない、と農民の方々が訴えていました。先祖代々の栽培ノウハウだけでは対応しきれなくなった環境変化を肌で感じ、懸命に工夫をしていますが、特に遠隔地では、残念ながらその努力が農民の生活向上に直結してはいません。しかし、どれほど環境が変化しても、努力が報われなくとも人々は生き抜いていかねばなりません。今回は、やっと緒に就いたスパイスの取組みの様子をお伝えします。

ネパールの有機農業への取組み

私たち、ネパリ・バザーロ(以下、ネパリ)は、農産物の取引に関わるようになった初めの頃から、西はコーヒー、東は紅茶と定め、農薬使用が広まりつつあった状況の中で、作る人にとっても、食べる人にとっても安全で安心できる農法を追及しようと、有機農業を進めてきました。
当時、東ネパールのカンチャンジャンガ紅茶農園(以下、KTE)がネパールで唯一、国際標準の有機認証を受けていました。そこで、栽培支援をしていた西ネパールのグルミ、アルガカンチの将来のためにコーヒーでも有機認証を得ようと決意しました。ところが、オーガニックという概念がまだ一般的ではなく、農薬も化学肥料も使用したことのない農民たちはわざわざ証明を取る必要性を理解せず、1998年、オーストラリアから検査官を招いて現地に伴った際、「ここなら直ぐに認証は取れる。早く申請しなさい」と奨められたにもかかわらず、いつまでも書類作成に協力しようとしませんでした。何度も現地に通い、説得を重ねて準備を進め、ようやく2006年、ネパール初のコーヒーでの有機証明取得に至りました。そして、その過程で知り合った農業専門家の方々と協力しながら、東と西の拠点を中心に、ネパールにおける有機農業の情報発信の役割を担ってきました。
こうして培った知識や技術、ネットワークを動員し、スパイスも有機農業で進めてきました。最近は、ネパールで最も紅茶生産の盛んなイラムでも有機農法の導入が増えつつあります。コーヒーは、国を挙げて、全てを有機農業に切り替える段階まで近づいています。

(フィディムの村。牛舎の外で堆肥を作る)

スパイスの有機栽培への取組み

私たちのスパイス生産者の一部が住む東ネパールの村々は、首都カトマンズから飛行機で小1時間、そこから北へ車で8時間ほど行ったパンチタール郡にあります。中心となる町はフィディムです。そのフィディムから更に各方向に車で数時間離れた農家の人々が、10世帯から50世帯前後のグループや協同組合を作って、それぞれの土地に適したスパイスの栽培をしています。この地域に住む人々の多くはリンブーという民族で、自然を神として崇め、先祖代々の土地を最良の状態で守っていくという意識が高く、そのための研究や挑戦にとても熱心です。基本的に先人の教えに沿った農法を引き継いでいますが、なかには農薬を使って生産量を一時的に伸ばしたものの土地が荒れ、その反省から有機農法に転換した生産者もいます。栽培技術などの情報や品質管理、流通の中心になるのはKTEです。
KTEが紅茶だけでなく、スパイス、ハーブまで扱うに至った背景には、ネパリの存在があります。2001年、ネパリがKTEの紅茶の販売を開始して数年後、後発としては何か特徴のある製品を出す必要を感じ、マサラティーを企画しました。ところが、ダージリンティーと同等の品質を誇るKTEはオーソドックスティーにこだわり、本来の味を乱すような余計なものを混ぜるとは邪道だと言わんばかりに露骨に嫌がりました。ネパリは既存商品のリーフティーやティーバッグと同様、マサラティーも有機認証を受けたものにするために、認証を直ぐに得られるKTE周辺のスパイスを使用し、カレーセットを作ってもらっているカトマンズの生産者スパイシー・ホーム・スパイシーズに依頼してティーマサラを調合し、紅茶とセットで販売しました。紅茶の販売がまだ軌道に乗っていなかったKTEはその好調な売れ行きを見て、他の取引先にジンジャーやレモングラスなど、スパイスやハーブと混ぜた紅茶を提案してみたところ、ヒット商品になりました。
そこで、2000年から販売開始したスパイス製品の全種を有機栽培のものに切り替えたいと模索していたネパリは、東はKTEに協力してもらいオーガニックスパイスの生産に取組むことになりました。紅茶栽培のように換金まで数年を要する作物の栽培ができない、フィディム地域の困窮している農家の収入手段としても有効な、スパイス栽培への本格的な取組みはこうして始まりました。

遠隔地の生活向上に寄与するために

紅茶、コーヒーと違い、スパイスは多品種を必要とするため、栽培地域も広く分散しています。暑く湿気のある土地でなければ採れないスパイスもあれば、寒冷地や乾燥した場所が適したスパイスもあるからです。ネパリは小規模な組織や、より困窮している生産者と一人ひとり密接に、きめ細かく関わろうとするため、異なる地形や気候で栽培条件や生活環境が違い、また文化や習慣なども様々な生産者とつながることになるスパイスはより困難を極めます。紅茶やコーヒーでの成功や失敗などの豊富な実体験がなければ、とても取り組めるものではありません。
スパイスはNTFP(Non Timber Forest Products)に属しています。NTFPとは、成長が早いため環境にやさしく、また、短期間で現金収入を得られる植物として、国際協力機関が重要視している作物ですが、いまだ市場につながり収入を得るところまで至った組織はありません。スパイスは生産から加工に至るまでの工程が複雑で、利害の異なる関係者が多く絡むため、現地と深く関わり市場も持つ、ネパリのような存在が必要とされています。
遠隔地になればなるほど、有機スパイスの生産に適した場所が増えてはいきますが、人々の生活は厳しくなります。流通の不便さから近隣の小さな市場での販売に限られてしまい、遠方の大きな市場へのアクセスが難しく、安定した収入を得られないからです。流通の困難さはまた、近隣への供給であれば問題が起きなくとも、遠方では時間がかかり過ぎてカビが発生するなどの品質上の問題も引き起こしてしまいます。このような環境にある農民にとって、技術供与などの必要な支援をし、世界の市場との中継点となるKTEの存在は大きく、そのイニシアチブを取る私たちの活動はとても重要です。

課題改善への取組み

現在の大きな課題は、品質向上と安定供給をいかに図るかです。基本的には、それぞれのグループの主要アイテムを絞り、責任を明確にし、より改善がしやすいようにすることです。そして、アイテム毎に2つのグループが栽培を担うようにし、収穫が予定通りにいかなかった時に補い合ったり、品質を競い合ったりするようにします。小さなグループは、伝達がしやすくまとまりも良いのですが、生産量に限界があります。また、大きくなったグループは、私たちのように必要量が少なく収穫を全量買い取ることができない場合、メンバー間の調整が大変です。同じグループのメンバーであっても、それぞれ状況や収穫量が違うのでどうしたら皆が納得でき、力を合わせることができるのか、グループ内部のバランスにまで気を配らねばなりません。紛争の種にならないような配慮が必要です。
気候変動の影響が増せば、これまで自然乾燥できていた収穫時期に雨が降るという危惧もあり、数ヶ月の保存に耐えるよう乾燥が十分にできる設備がそれぞれのグループで必要になってくるでしょう。ジンジャーのように栽培過程も含め虫が付きやすく苦労の多い種類もあります。自然が相手である以上、課題はつきませんが、これからも、人々の生活向上に役立つことを願って挑戦して参ります。

(見た目よりも力が必要なレモングラスのカット作業)

≪今回、ミーティングを持った主な生産者グループをご紹介します。≫

パティワラ(ジンジャー、ターメリックのグループ)
神様の名前から付けたというグループ、パティワラ。32世帯からなる大きなグループです。発足当初は小さく、多様な要求に合わせることができていましたが、この位の世帯になると意見を統一していくのも一苦労だそうです。そのグループを纏めているのがドゥルガさん。娘のプスバさんは、女性グループのリーダーです。

パリスム・キリサック・サモハ(チリのグループ)
13家族から資金を集めて設立、17年前から栽培をしています。トウモロコシよりもチリの方が良い収入になると喜んでいます。このグループの人々は収入を得るためには栽培に関することはもとより、運搬手段もとても重要であることをよく知っています。ネパリが2年前に、スパイスの為のトラックを準備するなど運搬手段の改善をしましたが、急傾斜地、泥濘では馬力不足なことが判り、その対策も、今後、詰めていかねばなりません。

ウンパブン(チリのグループ)
フィディムから徒歩3時間の奥地にあるトムロック村で、20世帯の家族から構成されています。KTE農園で働くナラヤンさんとその娘のサルミラさん(フェーズ2奨学生)の出身地です。KTEの宿舎で賄いをしているパルシュラムさんは、この村のネトさんから土地を借りて住んでいましたが、生活ができず、農園に働きに来ています。生産量を上げることはできるのですが、市場がないという、遠隔地の悩みがここにあります。

マナカマナ・クリサック・サムア(ガーリック、コリアンダーのグループ)
小さなグループから出発し、現在は、53世帯からなる大所帯で、協同組合になっています。KTE農園から徒歩3時間ほど先にあるナンギンにあります。大変良い品質のスパイスを生産しているということで、農業開発銀行の農業市場化連盟(Commercial Agriculture Allience)から賞をもらったことが自慢です。フェーズ2の奨学生たち、ジャヌカさん、デブクマリさん、インドラカラさんは、この地の出身。ススマさん、スバラさんは、更に数時間奥地の出身です。

(プスパさん(写真中央)と話し合う土屋春代(左端))

(verda 2011春夏 vol.34)

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