アネモネとそよ風 tsuna10
第五話 最先端と歴史が交差する場所
気仙沼・木戸浦造船
文・友岡雅弥
宮城県気仙沼市――20年以上、生鮮カツオの水揚げ量日本一を誇る漁業、水産加工業の町。そして、ここは「造船」の町。ここで造られた漁船は、世界の海で活躍しています。中古となっても、高値で世界各地から引きあいがあるぐらいの人気です。
しかし、この町は、東日本大震災で津波と火災(津波に乗った油のタンクに火がついた)によって、壊滅的打撃を受けました。そのどん底から力強く復興した気仙沼の造船について、ご紹介したいと思います。
紀州の漁師から
気仙沼市から太平洋に突き出した唐桑半島。ここに「鮪しび立たち」地区があります。震災後、三陸各地に通いだして、一番最初にびっくりしたのが、この「鮪立」の地名です。「しび」
というのは、和歌山県の紀州弁で「まぐろ」のことなんです。それに因んだ地名が、何百キロと離れた唐桑にあったんです。びっくりしました。
江戸時代、紀州は漁業技術が進んでおり、日本中にその技術を伝えていきました。特に、黒潮に乗って回遊するカツオ、マグロを追った漁師さんたちは、東北へと向かいました。その地域の漁師さんたちも協力したことで、自然と漁法が伝わっていったのです。
さて、この時、紀州の船大工さんも一緒に来て、船の修理などをしていました。それをみて、地元の人たちは、自分たちも船づくりができるのではないか、と作り始めたのです。江戸時代末期ぐらいと言われています。木は?良質の杉が近くの山にたくさん生えている。船大工さんは?
気仙沼の北側、今で言うと、陸前高田、大船渡、住田は、「気仙」地方と呼ばれていました。ここは「飛騨大工」と並び称せられる「気仙大工」の郷だったのです。船大工さんの心配は無用です。
船は〝総合工業製品〟
気仙沼に行くと、しばしばたちよる場所があります。浪板海岸。ここには造船所が立ち並び、そのなかで木戸浦造船が目当ての場所です。創業90年。鋼板でできた船体。何ヶ月もそこで暮らせる木製の居住空間、何を獲るかによって変わる艤装、製氷機、冷凍庫、冷蔵庫、GPS やレーダー、魚群探知機、無線や、世界各地の市場価格を知るための電子機器。「船」は、総合工業製品です。最先端ハイテクと快適な居住空間を、船という限られたスペースに、両立させて搭載。そこが高く評価されているから、中古でも高く売れるんです。「地元漁師さんのニーズに応えながら培われた」と木戸浦造船の社長、木戸浦健歓(きどうらたけよし)さんは言います。
オーバースペックとオーダーメイド
気仙沼の漁師さんは、夏場や秋に三陸沖に回遊してくるサンマやカツオだけではなく、ベーリング海、ハワイ沖、さらには南アフリカのケープタウン沖や、ニューヨーク沖まで、どんどん漁場を開拓していきました。もちろん、遠くに行くだけではなく、回遊期には近海にも網を出します。だから、船はオーバースペック、つまり、近海にも行くのですが、遠洋にも行ける優れた安全性や性能や居住性を持っている。
また、魚の種類によって、網などの漁具や、冷凍法が違う。だから、回遊期にサンマを獲って、春先にはロシア沖にサケ・マスを追い、遠洋にマグロを獲りに行くとしたら、それぞれの擬装を交換できるようにしなければならないのです。また、漁師さんによっては、網を右舷から出すか、左舷から出すかが違う。このような、「オーダーメイド」の要求に応えてきた――これが、気仙沼の造船技術を高めてきたのです。
「長ければ18ヶ月海の上。途中で、船の調子がおかしくなったと、帰ってくるわけにもいかない。また、長期を快適に過ごして欲しい。これ以上やんなくてもいいんじゃないのってところまで、現場の職人がやってしまう」(木戸浦社長)
名人芸に目をみはる
木戸浦造船に行くと、いつも同じところに座っているおじさんがいます。これぞ名人芸、鐃ぎょう鉄てつ職人さんです。一つの船を造るのに必要な何百枚という鋼板を、一人で淡々とアセチレン・バーナーで加熱し、水で冷却し、曲げ、絞るのです。
一時間前には、まっすぐだった鋼板が、火と水だけで、一時間後には、スルメイカみたいに曲がっているんです。寸分の狂いもなく。
鋼板を切るのは最先端レーザー加工装置ですが、ひずみもなく、きれいな曲線に曲げていくのは、鐃鉄師さんのちからなんです。
一度、機会があれば、観に行ってください(連絡してから)。造船のとりこになりますよ。そして、人間のすばらしさを再確認されること間違いなし。
1枚目写真
●宮城県気仙沼市浪板の木戸浦造船で。注文主からの要望に応じた擬装が凝らされた船体。鉄板はすべて鐃鉄で曲げられる。
≪アネモネとそよ風≫
風で花粉を運ぶ「風媒花」は英語で「アネモフィリー」。「アネモ」はギリシャ語で「風」を意味します。早春に咲く、アネモネもそれに由来します。昆虫や動物によって拡散する植物は、花が派手で蜜やいい匂いを持ちます。「風媒花」は、概して地味です。でも見つけ出す風があれば、遠くまで飛んでいきます。社会の片隅で、今、すでに未来がはじまっています。「アネモネ」の花言葉の一つは、「信じて待つ」。未来を信じ、見つけ、届けることのできる「風」になりたいとう連載です。
(つなぐつながる2018冬 vol.7より)