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アネモネとそよ風 tsuna04

第一話 宮城・穂波の郷クリニック 

人生を最後まで自分らしく

文・友岡雅弥

春を届けるミッション

今年の3月上旬、宮城県の大崎市。数人で、ある家の庭に入り込みました。色とりどりの花が植わったプランターを両手に持っていました。
「Kさんに、春を届ける」ミッションの開始です。
大崎の、在宅緩和ケア(ターミナルケア)の医院、穂波の郷クリニックのソーシャルワーカー、大石春美さんから与えられたミッションでした。Kさんは、クリニックが在宅ケアを届けている患者さんで、口腔ガン末期です。命のほのおは、今日、消えてもおかしくない。
そのKさんがまだ寝ている間に、庭一面にパンジーを植えて、〝春を届け〟ようという企てだったのです。

病院が見放してからがスタート 

穂波の郷クリニックは、11年前の7月7日に生まれました。大崎市民病院の副院長をしていた三浦正悦ドクターが病院を辞め、大石春美さんたちとともに、地域で開業しました。
「手の施しようがありません」と病院で言われ、肩を落とし家に帰っていく患者さんとその家族。病院の治療はそれで終わりかも知れません。でも、患者さんや家族の人生は、それからも続くのです。
病院が見放した患者さんと家族を支える医療が必要ではないのか?死の瞬間まで、幸せだったと満足できる医療はどういう形なのか?
三浦さん、大石さんたちは考えました。病院が見放してからスタートする医療。それは、狭い意味の「医療」に留まらない形のものとなりました。
基本は「おちゃっこ」です。穂波では「ライフ・カフェ」と言ってます。一緒にお茶を飲む。文字通り「茶飲み話」の「つぶやきを拾う」ことがスタートです。
末期ガンの患者さんが、ぽつりと言いました。「貧乏だったし、結婚式をしてねえんだ。それが申し訳なくて」
プロジェクトのスタートです。本人には、「劇をするからね。あなたが、新郎役だよ」と言います。クリニックのスタッフとボランティアが走り、レッドカーペット、結婚衣装、ケーキを用意します。
当日、新郎だけが「結婚式の劇」と思い込んでいるなかで式は進み、そして「本物だった!」と明かされました。
命の底からの喜びは人生を変えます。その患者さんは、寿命を二年延ばしました。穂波のチームには、理容師さんや、庭師さんもいます。髪を整え、庭がきれいになったら、患者さんの顔は晴れやかになります。

最高の笑顔 

さて、「春を届ける」プロジェクトのほうはどうなったのか?
Kさんは眠っているはずでした。でも、窓のすぐ外でゴソゴソしているんです。気がつかないはずはありません。
Kさんはカーテンを開けました。
ガラス越しに、私とKさんの目があってしまいました。目を見開くKさん。プランターを手に、ぼう然と立ち尽くす私たち。でも、次の瞬間、Kさんから、大きな大きな、最高の笑顔が返ってきました。
寝たきりだったKさんですが、その日から起き上がり、毎日近所に足を運び世間話をし、5月1日まで命を永らえました。なんと初恋の人への文通まで再開していたのです。

通い合う豊かな水脈

ネパリ・バザーロの活動に心を寄せていらっしゃる皆様には、穂波の郷クリニックは、原発避難が続く福島浜通りの方々の温泉ご招待 で、劇をしている人たちとしてお馴染かもしれません。クリニックには「ほなみ劇団」という、患者さんたちによる劇団もあるのす。90歳を越えた認知症の女優さんもいるので、セリフは覚えられなくて、アドリブの応酬です。
僕が大阪の釜ヶ崎で親しくしている元日雇い労働者の劇団、紙芝居劇むすびと、ほなみ劇団は震災以降交流をしていて、温泉ご招待の時には、合同で劇をさせていただいています。
余命宣告をされた人、過酷な日雇い労働や、ホームレスにもなったことのある人。そして、理不尽にも故郷を失った人。
あの劇の瞬間の、舞台と観客が一体となった雰囲気はなんと形容できるのでしょうか。心の奥底で、つながっている実感。世間的には、多くを失った人たちです。でも、失われることない、豊かな水脈が流れ通う空間が、いつも奇跡のように現われます。

1枚目写真
震災の翌年秋。大阪・釜ヶ崎の紙芝居劇むすびは、はじめて、宮城県大崎市のほなみ劇団のもとへ。ほなみ劇団の看板女優・小菊さんと、むすびの看板男優・佐野さんは90歳を挟んで、同年配。まるで、70年間よりそってきた夫妻のよう。

※ 編集部注
温泉ご招待プログラム:ネパリ・バザーロ/NPOベルダレルネーヨが2011 年5月から継続して行っている東日本大震災被災者の方達、2013年春からは原発事故避難者の方達を東鳴子温泉へご招待する支援プログラムです。2018年6月まで21回行いました2014 年春から「ほなみ劇団」に公演を依頼し、2014 年秋から紙芝居劇団「むすび」が加わりました。

アネモネとそよ風 

風で花粉を運ぶ「風媒花」は英語で「アネモフィリー」。「アネモ」はギリシャ語で「風」を意味します。早春に咲く、アネモネもそれに由来します。昆虫や動物によって拡散する植物は、花が派手で蜜やいい匂いを持ちます。「風媒花」は、概して地味です。でも見つけ出す風があれば、遠くまで飛んでいきます。社会の片隅で、今、すでに未来がはじまっています。「アネモネ」の花言葉の一つは、「信じて待つ」。未来を信じ、見つけ、届けることのできる「風」になりたいと連載です
(つなぐつながる2016秋冬 vol.4より)