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きのうの行方 tsuna22 2021w

第16回 青息吐息の道具たちは

題字・板絵・文 瀬戸山玄

中国大陸の田舎や少数民族の生活圏には、長く伸ばした女性の髪を売り買いする風習がいまも色濃く残る。「ポンポン」と頭を軽くたたいて着ける、飛行場のCMでおなじみ婦人用ウイッグが人気に応えられるのは、現地のこうした原毛が日本まで届くからだという。ただし新疆ウイグル自治区の産品については強制労働が疑われて、近年アメリカでは輸入差し止めになったりしている。

実はそんな流行と裏腹な人の毛髪で作るプロ用の道具が、昔からあるのをご存知だろうか?木地にウルシを塗る塗師には欠かせないウルシ刷毛だ。すでに奈良時代から原型があり、平城京遺跡からも出土している。長い髪を糊と漆で真昆布のように固めた束をヒノキ板で囲い、毛先が乱れたら鉛筆みたいに根元を切り出し、短くなるまで使える優れ物だ。ひどく手間ヒマを要する工程のわりに相場が決まっており、この刷毛づくりで生計を立てる職人は、漆器産地が多い日本にも3名しかいない。しかも朝シャン好きな日本女性の髪質は細くて腰がなくなり、今ではもっぱら大陸から届く原毛を選りすぐって刷毛をこしらえる。

全国の工芸家や塗師のためにこの必需品を手がける職人を会津若松まで訪ねると、30代とおぼしき女性なのに驚いた。大学院で地域経済を学んでいた内海志保さんで、偶然見つけた東京の老職人に弟子入り。故郷の会津塗りにもっと光を灯そうと3年修業の末に刷毛工房を開いたという。師匠はそれから程なく引退。技のバトンは家業に一切縁のない新人類にめでたく手渡されたのだ。近年、伝統工芸を支える舞台裏の道具づくりが細るなか、発想の豊かな変わり種たちによって窮地を脱するケースは珍しくない。しかもみな仕事ぶりを認めあい、互いの信頼を深めながら繋がっていく。

好奇心が道しるべ

なにしろ日本で消費されるウルシ原液の98%は中国やベトナム産で、2%の日本産は主に岩手県二戸市の浄法寺界隈の森で、漆かきと呼ぶ営みで得られる。木の幹に異形のウルシ鉋を用いて溝を刻み、植物が樹液を出して傷を塞ごうとする原理の分け前をいただく。経験10年で一人前とされる漆かきは、手先と観察眼が勝負所の樹木の手術に近い。ましてこの特殊な刃物を打てる器用な野鍛治は青森県に一人いるだけで、病身ゆえに後継者探しが急がれていた。

幸い、ふしぎな刃形に惹かれて興味をもつ者はおり、鈴木康人さんはその一人だった。東京のアパレル業界で縫製と経営を学んでいたが福島県いわき市に帰郷。手先の器用な彼は裁ち鋏から特殊メスまで研ぎが得意で、40代に研ぎ屋で身を立てる。持ち前の遊び心で地元鍛冶名人に弟子入り、包丁づくりまで身につけた。かたや浄法寺の漆職人衆にとって、ウルシ鉋の消滅は死活問題である。そんなある日、鈴木さんは師匠経由でウルシ鉋づくりを打診された。技の習得には片道6時間かけて青森に通わないといけない。けれど後継者支援の追い風が吹き、三年後には二人目の製造元となった。

時流を激変させたネット社会の広がりは、古来の伝統工芸に昔より存在感を与えて、生業をより成立させやすくしたと言えなくもない。またYouTubeで探せば、素人をおよその手仕事と職人技の入口まで導いてくれる。けれどその奥の自然の変化に気づき、プロの指先の動きと頭が直結した勘を養うとなると難しい。早い話が体の完全な道具化への道は険しい山登りなのだ。かくいう私もチューブ入り生漆を通販で入手して小箱に塗り、たちまちかぶれて痒み止めを毎朝打つほど悩まされた。

伝統が築きあげた現場には、凡人が見落とす扱い方のコツや約束事が多々あるのだ。そんな痛い目や辛抱にへこたれず、地道に楽しく経験を積むという時間だけが、その先に明るい道を照らし出してくれる。

板絵キャプション:ヘビに似た形のウルシ鉋は、命あふれる森の手術道具!

瀬戸山玄(せとやまふかし)
写真家・ノンフィクション作家
1953年鹿児島県生まれ。写真作法を若き日の荒木経惟氏に学び、写真家・ノンフィクション作家として活躍。テーマは風土と人間。食や生活をめぐる取材を続け著書多数。近年は板絵制作に邁進中。芸術家や職人などの現場を撮り続け、ドキュメンタリストを名乗る。東北の取材は20年以上続けている。