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ネパールコーヒー物語 verda40

地域開発 人が人らしく生きるために 

貧困から自立への道

文・ネパリ・バザーロ副会長 丑久保完二

ネパールコーヒー「シリンゲ村物語」の生産者、シリンゲコーヒー協同組合の人々の挑戦を継続してご紹介しています。今回は、シリンゲだけに焦点をあてるのではなく、ネパールコーヒー全体から捉え、具体的一例としてシリンゲやこれから支援を考えている西ネパールのコーヒー生産者についてお伝えしようと思います。

ネパールでは物価の高騰が止まらず、ただでさえ現金収入が少なく教育や医療の恩恵を受けにくい農民の暮らしは益々厳しさを増しています。その、農民を取り巻く厳しい現状をコーヒー生産者の生活を通してお伝えし、如何にしてその問題を克服していけるか、農民たちと私たちがどのように取り組んでいるのか、視点を変えて、フェアトレードという仕組みはこの人々にとって効果を出し得るのか、どうすれば結果が出せるのかもみていただけましたら幸いです。安心して暮らせる住みやすい社会を創る一つの挑戦です。

逼迫するネパールコーヒー

ネパールのコーヒー栽培は、小規模農家を中心とした自然農法です。インドネシアや南米などの大規模農園での生産とは対極にあります。利益のためならなんでもする、需要の増えた有機栽培でも儲からなければすぐに止めるという生産とは違うとも言えます。小さく、ゆっくり、農薬を使わず持続性ある生産をしています。小規模農家の集まりは単一栽培のように収入手段が一つに偏っていない、という良い面がありますが、どうしても生産効率が悪くなり、生産量は限られます。

ネパリ・バザーロ(以下、ネパリ)は、まだネパールコーヒーの存在が全く知られず、市場がなかった時から十数年間、西ネパールのグルミ地域を中心にコーヒー栽培を支援し続けてきました。内戦下、危険な遠隔地には人々が近づくことを避けた時にも通い続け、有機認証の必要性を農民に訴え、取得の支援もしてきました。

農民たちも次第に積極的になり生産量が20 トンを超えるようになりました。コーヒー栽培がやっと根付き、農民たちの暮らしぶりも徐々に改善されてきました。そうこうする内、私たちの限られた市場では生産力向上に対応しきれなくなり、韓国市場に広げるお手伝いをしてきました。韓国では、フェアトレードと言えば、ネパールコーヒーと言われる程です。この成功を背景に、ドイツにも市場が開けています。各地でコーヒー生産が活発になりつつありますが、今、ネパールコーヒーの供給不足という問題が発生しています。

狙われたシリンゲ・コーヒー

ネパールコーヒーは浅煎りから深煎りまでのローストが可能な豆で、とりわけ深煎りは甘みも出てとても美味しいコーヒーです。この味の良さと質の高さが知られればリピーターが増え、市場が伸びると期待されています。しかし、一昨年は木が枯れてしまうホワイトボーダーという病虫害がネパール各地で発生し、生産量が半減しました。オーガニック栽培なので、これを防ぐには発見したらすぐに燃やすしかありません。日当たりが強い所で発生しやすい病気とも言われ、日陰を作る木を植えながら育てることはとても大切です。

シリンゲはネパリが支援しているコーヒーの生産地域です。首都カトマンズから南に70 キロほど下った、ラリトプール郡の最南端に位置します。起伏が激しいカブレ、マクワンプルに接し、行き来の難しい所です。ネパリの「シリンゲ村物語」のコーヒーは大自然の中で、昔からの自然に沿った農法で大切に育まれています。村での栽培、加工、選別から、カトマンズでの再選別や厳しい品質チェックまで、一貫した工程管理により質が高く安全で、安心して飲んでいただけるコーヒーを作ってきました。

ここも病虫害により大きな被害を受け生産量が減り、その上、量を確保しようというバイヤーに、ネパリとの契約を無視して売ってしまった生産者も出ました。シリンゲコーヒー協同組合はメンバー同士何度も話し合いを重ね、市場の無かった時から十数年買い支え続け、組合設立や事務所の土地購入、有機認証取得などずっと支援し続けたネパリのこと、そして、結んだ長期契約の大切さを改めて確認し、目先でなく将来を考えることを共通認識としたそうです。そして、苗を育て、メンバーに配り、生産量を増やす努力を始めています。組合員の中でも最も生活の苦しいタマン民族への配慮をお願いしたネパリの意見も組み入れ、皆で支え合い生活の向上を目指しています。

歴史の浅いネパールコーヒーは、オーガニックを守るために今後も時間をかけてじっくり取り組まねばなりません。せっかく村の収入手段として育ちつつあるものを、昨今のような供給不足の時は節度ある態度でバイヤー側が対処しなければ、どうにもなりません。市場が拡大しつつあることで利益を見込み暗躍する仲介者たちには注意が必要です。そこで私たち日本、韓国、ドイツの購入側で話し合いをしようとの提案もなされてきています。

新たなコーヒー生産者

シリンゲの生産者は50 世帯で、グルミ、アルガカンチの生産者1000世帯と比較すると、とても小規模です。私たちに対しても充分供給しきれていないのが現実です。そんな中、ネパール商工会議所が収入向上の一環として進める一村一品運動( OVOP: One Village One Product) で、コーヒーを選んだ生産者との出会いがありました。

2012年4月、私たちはネパールでの20 年間の活動が認められ、ネパール商工会議所主催の第一回ワールドトレードフェアの初日を飾る式典で表彰されました。表彰式後、会場内の施設で開かれていたOVOPの各生産者の展示会を見学していた時に話をしたことがきっかけでした。

OVOP活動の支援で2年前に協同組合になった西ネパールのシャンジャ地域のジャナカヤン協同組合の中のコーヒー栽培グループです。全組合員140人の中の38 人です。シリンゲとほぼ同規模のこの生産者グループは、過去に市場がなく木を切った経験を持つ生産者もいて、市場を探していたことと、国際レベルの有機認証を取得した私たちのような経験を求めていたことからおつき合いが始まりました。

全員が、有機農法のトレーニングを受けており、I P M (Integrated Pest Management : 総合的病虫害管理) のトレーニングを受けている人もいて、必要な知識があり団結力の大変高い人々です。高地の厳しい環境下で生き抜いてきた、私たち日本人と顔が似ているマガール、グルンの人々が中心です。マガールと言えば、内戦下、反政府勢力の中心で、激しい戦闘を繰り広げたことでも有名です。2012年11 月、この村を初めて訪れて感じたのは、家の中も外もゴミ一つなくとても清潔なこと。そして、勤勉な栽培グループです。全組合員140人の中の38 人です。シリンゲとほぼ同規模のこの生産者グループは、過去に市場がなく木を切った経験を持つ生産者もいて、市場を探していたことと、国際レベルの有機認証を取得した私たちのような経験を求めていたことからおつき合いが始まりました。

全員が、有機農法のトレーニングを受けており、I P M (Integrated Pest Management : 総合的病虫害管理) のトレーニングを受けている人もいて、必要な知識があり団結力の大変高い人々です。高地の厳しい環境下で生き抜いてきた、私たち日本人と顔が似ているマガール、グルンの人々が中心です。マガールと言えば、内戦下、反政府勢力の中心で、激しい戦闘を繰り広げたことでも有名です。2012年11 月、この村を初めて訪れて感じたのは、家の中も外もゴミ一つなくとても清潔なこと。そして、勤勉なことです。この村の上は人が住んでおらず森林だけですが、そういう環境がとても気に入っているそうです。苗を植え、積極的にコーヒーを増やそうとしています。将来は、私たちだけでなく、ネパールの逼迫した供給状況を少しでもカバーすることにも貢献できます。18 年をかけて、グルミ、アルガカンチ、シリンゲで有機農業を促進してきた私たちの経験と知識があればこそ出来る支援です。

農民の生活と苦悩

農民の暮らしは、現金収入に乏しく、専門学校や上級学校に行こうとしたり、病人が出ると重い負担がかかります。先祖からの土地を担保に借金をして、返済できないこともあります。現金を如何に稼ぐかは、農民にとって大きな課題です。しかし、農業は天候に大きく左右されるため収入が不安定です。先のコーヒーの病気なども、そのことを象徴しています。ある程度の安定した現金収入がなければ、高等教育は夢のまた夢となり、病気を診てもらうことさえ難しいこともあります。

この負のスパイラルから希望のある将来へと転換するには、広く先をみた取り組みが必要です。長い間、愚民政策(国民を支配しやすくするため教育を受けさせなかった)の下に置かれた農民は、考え方もネガティブにならざるを得ませんでした。今日に至っても暗い影を落としています。その転換には、世代を超えた継続的な取り組みが必要です。

以前ご紹介した、有機証明の内部監査員であるシリンゲコーヒー協同組合のユブラジさんは、村で高校卒業資格試験をパスした若者世代の筆頭ですが、ネガティブな思考がこれまで彼の能力発揮を妨げてきました。長い間心臓を患い高い薬を飲み続けなければならない母親と病弱な父親を看る立場の彼は、組合職員という、得難く貴重な仕事を手放せない必死な思いと、皆の「できるよ、できるよ」という励ましを受けて頑張り、少しずつ成功体験を重ねて内部監査員として自信をつけてきました。私たちの次の取り組み、シャンジャの農民支援では、彼の協力を必要とするまでになりました。

シリンゲや村々での活動は、たくさんの大切なことを教えてくれます。長く継続した付き合いの中で、一つひとつ信頼を得ていくこと。常に寄り添う姿勢で接すること。小さな成功例を積み上げて行くこと。同時に、直面した問題にきちんと向き合って改善して行くこと。次世代の人材を育てて行くことなど、地道に進めて行くことがとても重要です。

自立への道

シャンジャのコーヒー生産者はオレンジやリンブーという果実とトマトによる収入手段があります。これに更にコーヒー収入が加われば、確実に生活の向上が見込めます。シリンゲも、メンバー数や土地の規模が限られているためコーヒーだけでは収入に限りがありますが、各種スパイスの適地でもあるので、今後、ジンジャー、ターメリックを初め、良質なスパイス栽培に挑戦する計画をしています。コーヒーの有機証明を得るために整えた仕組みがあり、ノウハウもあります。そもそも、どの作物も昔からオーガニック栽培をしているのです。今年中には、私たちのスパイスを加工している工房、SHS(スパイシー・ホーム・スパイシーズ)と共同でスタートします。シリンゲで養った有機農業のノウハウは、シャンジャにも活かされていきます。小さな村の活動の輪が他の遠隔地にも広がり、やがて、海を渡り、私たちの元にも届きます。生産者の夢と期待を乗せたコーヒーを味わいながら、はるかネパールの奥地に住む人々に思いを馳せてください。

(Verda 2013春夏 vol.40より)