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沖縄カカオプロジェクト tsuna21

やんばるのハルサー(畑人)たち

~農業をベースにイキイキ人生~

文: 土屋春代

沖縄が受け続けている差別、払い続けている犠牲を知りいつか仕事でつながり、少しでも役に立ちたいと願っていました。2017年に、やんばるの落花生とネパールの蜂蜜のコラボ商品の開発機会に恵まれました。それをきっかけに、もっと深く、広く、長く、関われるものを探しました。ネパールでも岩手でも農産物をベースに商品開発をしてきた経験を生かし、沖縄の農業の可能性を広げ、これまでになかった産業をおこせたら。そして、関わる人がみんな笑顔になれたらと。そんな時、美ら海水族館の熱帯ドリームセンターにカカオの木があり実がついていると聞き、沖縄でカカオが育つ!これはすごい!と感激しました。

カカオを原料とするチョコレートは老若男女に好まれ、カカオポリフェノールは美容と健康によいと注目されています。しかも、新興国の経済成長によりチョコレート嗜好人口は増え、カカオベルトと言われる南北緯度20度以内の熱帯地域の国々の生産量だけでは供給が追い付かなくなっています。カカオが実ればビジネスチャンスが生まれます。実から種を取り出し発酵させ乾燥すれば長期保管ができ、台風直撃を受けることが多く、農業経営が厳しい沖縄で農家のリスクが軽減できます。付加価値の高い嗜好品の加工までできれば輸送にかかる時間やコストもカバーできます。沖縄農業の可能性が拡がる!張り切りました。

沖縄カカオプロジェクトを構想し、実現のためしばしば訪れるようになった頃、辺野古で出会った大切な友人に名護市のおしゃれなヴィーガンカフェnicenessさんを紹介され、以来、桑原夫妻のつくる美味しいランチが名護に行く楽しみのひとつになりました。農業をする人をウチナーグチ(沖縄言葉)でハルサーと言い、沖縄島の北部の名護市および国頭郡に属する市町村全域をやんばる(山原)と呼びならわします(※)。プロジェクトを応援してくださる桑原悠子さんに紹介いただき、仲間になってくださった素敵な “やんばるのハルサーたち” をご紹介します。桑原夫妻もカフェで出すお米を自ら栽培するハルサーです。 

※ウィキペディア参照


手つかずの自然が残っている貴重な地域です。植物だけでなく、飛ばない鳥「ヤンバルクイナ」や珍しい蝶など希少種がたくさん生息し、将来世代に遺すべき大事な宝です。(c)shikema/PIXTA 場所:沖縄やんばる 大石林山の風景

カフェと米作りの両立を目指し、美味しく安全な食をとことん追求するハルサー
nicenessさん

那覇でカフェを経営、ネパール料理と出会う
桑原伸弘さんは東京で友人の経営するサッカー観戦をしながら飲むブリティッシュパブを手伝っていました。イギリスから帰国した悠子さんは日本では珍しかったブリティッシュパブに惹かれて、働きたいと申し出ました。パブの場所が移るのをきっかけに旅に出た二人は滞在した沖縄の阿嘉島が気に入り、帰京してたまたま見つけたホテルの募集に申し込み、阿嘉島で働き始めました。2001年、伸弘さん30歳、悠子さん23歳の時でした。

その後、二人は伸弘さんが好きでよく作っていたタイカレーを中心にしたカフェを那覇でオープンしましたが、経費を出すと手許にはほとんど残らず自転車操業。何のために働いているのかと思い始めた頃、東日本大震災が起き、首都圏から那覇に避難した人たちが店を訪れるようになりました。その人達は食材の安全性を気にして色々尋ね、伸弘さんと悠子さんも次第に安全な食材に関心を持つようになり、シンプルで体に良い料理にシフトするようになりました。

思い切って店を閉め、目指す料理を探し求めて北インドとネパールに行きました。インドのスパイス料理は刺激が強く、ネパールで食べた料理の素朴で優しい味に感激し、こういう料理を作りたいと帰国しました。

名護に移り、安全を追求して農業を始める
2013年に名護市に移り、店と住居を一体化できる物件を見つけ、友人の力を借りて自分たちらしい店を1年かけて作り、2015年にヴィーガンカフェnicenessをオープン。ネパールの伝統料理「ダルバートタルカリ」を中心にして好評を得ました。2018年11月、より深めるため、再度ネパールに行き、首都カトマンズ近郊のコカナ村の養護施設兼ゲストハウスに1ヶ月間滞在し、調理を手伝いながら学びました。帰国し、さらに安全で美味しい料理を提供するため、素材もできるだけ自分達で作ったり、無農薬栽培の仲間から仕入れたり努力を重ねました。そして、もっと農業に時間を使えるようカフェの営業日を週4日にしました。常に高い理想を求めて工夫と改善を重ねる二人の真摯な生き方と食べるとホッとする優しく美味しい料理が好きで通うリピーターが多く、コロナ禍でも来店客は減らず、却って忙しくなったそうです。もっと体によく美味しくと二人の追及の毎日は続きます。


ネパリのカタログでネパールのコカナ村の写真を見る2人


やんばるの無農薬野菜やお豆、自家栽培の天日干し米、やんばるの湧き水など、こだわりの原料のみで作った“やんばるダルバート”は大人気!


cafe niceness
〒905-0006 沖縄県名護市宇茂佐1635-1 TEL:080-5232-8552 営業:木金土日11:00-15:00 予約優先 @cafeniceness

受け入れてくれた地域社会の、人とつながりを大事にするハルサー
久保徹浩さん

沖縄に移住し地域に溶け込む
久保徹浩さん(53歳)は10歳まで横浜で育ち東京を経て愛知へ。30代の頃に夏はダイビング、冬はスノーボードのインストラクターをしながら、高校の修学旅行で強烈な印象を受けた沖縄に頻繁に通うようになりました。やがて沖縄に住みたいと、拠点を探しました。

やんばるの古宇利島で友人が経営するカフェに無農薬野菜を提供している農家と知り合い、手伝うようになり農業の面白さを知りました。すると、国頭村の農業委員の方から農業をするなら農地を紹介すると声がかかり、国頭村に住む家を探して15年前に移り住み、かぼちゃ、ズッキーニ、島ラッキョウなどをつくっていました。しかし、買い物場所の少ない集落で日常の必需品を扱う共同売店を経営する人がいなくなり、困っているのを見かねて農業を離れ経営を引き受ける決心をしました。初めての“よそ者”の経営を不安視していた集落の人々は3期6年間、懸命に店を支える久保さんの姿を見ていて信頼を寄せるようになりました。移住者だった久保さんが今は受け入れる側の集落の人たちの気持ちが分かる、来たばかりで言いたいことを言う移住者、自分もそうだったかなと振り返ります。農産物を育てるだけでなく、集落の伝統を守り、集落の人たちと共に生きたいと言われます。

2013年2月に千葉県出身で紅型作家の尚子さんと結婚した時、地域の人たちがニービチという沖縄独特の結婚式を開いて祝ってくださったそうです。8歳と6歳の女の子、2歳になる男の子が生まれ、家族や友人たちとの農繁期の畑仕事はとても賑やかそうです。無農薬でなるべく自然な農法で作物を育てる、昔ながらの百姓を目指すと言われる久保さん。地域の人々や友人とのつながり、家族をとても大事にされます。

カカオとの出会い
2017年に仲間からカカオの苗を譲り受け、先輩からハウスを借りて育てました。2019年に花が咲き、4年目の2020年に実がなりました。ハウスの天井を突き破りそうな大きなカカオ。僅か数年でここまで育ち、とても順調ですが、大変なのはこれからだと思うと言われます。

私はカカオプロジェクトを構想し、小笠原でカカオ栽培に成功している農家を訪ね、緯度が同じで気候や海に囲まれた条件などが似ている沖縄でも成功するに違いないと希望を抱きましたが、久保さんのハウスの大きく育ったカカオを見て、確信になりました。


2020年秋の訪問時に頂いたカカオの実。

生まれた土地の自然と伝統を守り、次世代に伝えたいハルサー
ノイベナ農園

こだわりのサトウキビ栽培と黒糖づくり
2015年にノイベナ農園を起ち上げた稲福智裕さん(45歳)は、やんばるの大宜味村で生まれ、リゾートホテルのエコツアーガイドをしていました。元々、畑作業が好きで新規就農支援基金という制度を知り年齢制限が45歳までとあり、思い切って会社を辞め本格的に農業に取組むことにしました。

サトウキビ栽培を選んだのは西表島に7年間、冬になると援農に行ったサトウキビの収穫が好きだったこと、農業経験が浅いので台風の影響を受けにくいサトウキビ栽培は比較的やりやすいと思ったからだそうです。最初は製糖工場に出すことを考えましたが、無農薬無化学肥料で栽培するには製糖工場に出荷していたら経営していけないことに気づき、小規模な農地にとどめ加工までする道を選びました。

サトウキビ畑は約1000坪。収穫の予測量は7トン余り。黒糖にするとおおよそ500キロの生産で、一番小規模なサトウキビ農家ではないかと言われます。黒糖の製造と販売を妻の杏子さんと協力し合って軌道に乗せようとしています。少しずつ口コミで売れ、手ごたえを感じています。

収穫について詳しく伺いました。若いサトウキビはえぐみが強いので残し、成熟したものだけを一本一本選別して手刈りしています。違いはジュースにするとよく分かり、熟したものは甘いけれどすっきりしているそうです。何回も搾ると雑味が出てくるから搾汁は一番搾りのみ。フシがあるとやはりえぐみがあるのでフシも落とします。ここの畑は成長が良く、収穫後、すぐに株から芽が出てくるのを刈らずに残します。手刈りだからできることで、機械収穫だと、新芽も刈ってしまいます。全ての工程のあまりの丁寧さに驚くと、「やらされてやっていることではなく好きでやっているからできる。性にあっているのでしょうね」と笑っておられました。稲福さんの黒糖なら美味しいのは当たり前だと思いました。

残したいもの
「沖縄の人は都会に憧れて地元の良さに気が付かない人が多いが地元のことに興味をもって欲しい。有機で作物を育て、いいものが評価されて買ってもらえ、農業で生きていける社会にしたい。黒糖作りは沖縄の伝統文化だと思うし、サトウキビ栽培や黒糖作りを次の世代に伝えたい。沖縄らしさを残したい」と熱く抱負を語られました。

 

「自分たちが子どもの時、近所のサトウキビ畑からサトウキビをもらってかじっていた。今の子どもはかじったことがないことが多い。サトウキビにぜひ触れてほしい。黒糖は元々薬として食べていたもの。年配の方はよく食べるし、子や孫にも食べさせるので、黒糖が好きな子どもは多い」と智裕さん。

搾汁を薪窯で少量ずつ炊いています。全エネルギーを注ぎ、泡の変化を見ながらかき混ぜます。

やさしい食感とすっきりした甘味でくせになる美味しさ!黒糖の概念が変わる、ノイベナ農園さんの「ティーダ黒糖」。まずはパクっと一口、味わってみてください。お料理やお菓子作りにもおすすめです。ご注文はこちらから。

「3年ほど前に知人から譲り受けた苗を植えた。ここの土地は風がなく元々田んぼだったので、水にも困らない。来年はハウスを建て大事に育てたい」と言われます。

ノイベナ農園 @noibenanouen

ティーダ黒糖ご注文はこちらから。

(つなぐつながる 2021秋 vol.21より カタログを、ぜひお手に取ってご覧ください!無料でお届けいたします。お申し込みはこちらから